黄昏ウイスキー 

大阪は京セラドーム前の大人の小さなBAR「BARin」の日記 

土佐十一烈士もう一つの物語

土佐十一烈士と恩赦八士、
「恩赦八士」とは、
これは明治天皇の恩赦を受け、
生き残った方たちだが、
数が合わないのは恩赦直後、
川谷銀太郎が病死するので八名になった。
その恩赦八士の中に、
垣内徳太郎と言う陽気な若者がいた。
この若者とこの妙国寺の鐘、

の話しをしよう、
司馬遼太郎氏の本では、
いや、その前にその司馬氏だが、
妙国寺の事をあまり良くは書かれていない、
この寺の宗派自体良く思われてないような、


京都新聞の6月の記事に、
「新聞記者時代に在籍していた京都宗教記者会の
記念誌に寄せた直筆原稿がこのほど、
記者室のある京都市下京区
浄土真宗本願寺派本山・西本願寺で見つかった」
と、書かれていた。


司馬氏は浄土真宗本願寺派のようだが、
だからでは無く宝珠院の方は持ち上げているが、
ここは真言宗、氏の著書の中に「空海の風景」上下がある。
この「俄 浪華遊侠伝」が1972年、
空海の風景」が1975年、
それを書くために高野山に取材があったのだろう・・・
高野山に平成20年に司馬氏の文学碑が建立されている。


余談が続き過ぎた。
その垣内徳太郎だが、
切腹直前、
この鐘の周りにいた妙国寺の僧侶達に、
私には学が無い、箕浦隊長は漢文で辞世の句を書いていると、
そう現に箕浦猪之吉の辞世の句は漢文だ。


除却洋氛答国恩
決然豈可省人言
唯教大義伝千載
一死元来不足論


洋氛を除却して国恩に答う
決然豈人言を省すべけんや
ただ大義をして千載に伝えしむ
一死元来論ずるに足らず
一死元来論ずるに足らず・・・
凄い・・・



そこで頼むから鐘を一つ、
辞世の句の代わりに突かせてくれと頼むが、
僧侶たちは断る。
元々態度は冷ややかだったと氏は書いている。
垣内は「鐘一つ何が惜しいか」と怒鳴るが、
仲間になだめられ落ち着くのだが、


振り返り垣内は金子を僧侶に渡す、
すると僧侶たちの様子が急変、
「わが死後経の一巻でもあげてくれ」と、
すると僧侶は金子を持って去っていったが、
約束は守られず、後で紛争が起こる。


本当はどういうやり取りだったかは解らないが、
この話しに不思議な事が、
漢文・・・


私が幕末の偉人の中で最も敬愛する人物の一人に、
江戸無血開城を成功させた男、
山岡鉄舟
その鉄舟先生の研究会の6月の記事に、
驚くべき事が書かれていた。

「蘇軾」の漢詩「遊武昌寒渓西山寺」
これを屏風にし贈呈したと、
それが「為垣内」と書かれていると、


為垣内・・・
そうこれを贈呈されたのは、
垣内徳太郎だと言う、

この詩を書いた「蘇軾」も又流罪になったりと、
不遇の人生であったが、
その「蘇軾」と垣内が
同じ境遇であると察し、
この詩を贈られたのではないかと、
それ以上に私はこう思う、
上記の話しが鉄舟先生の耳に届き、


学が無く辞世の句が書けないと言った垣内に対し、
そうでは無いあなたは立派な人物だと、
王羲之の流れをくむ4大書家であり、
6大詩人であり、将でもある
「蘇軾」の詩を選んだのでは無いのか、


どちらにしても、何と言う優しさなのだ。
山岡鉄舟と言う男は・・・


座ったまま絶命した意味が、
少し解ったような気がする・・・



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