黄昏ウイスキー 

大阪は京セラドーム前の大人の小さなBAR「BARin」の日記 

自分の能力に、自分が驚いた、、、

文章とは実に不思議で、面白いものだ。
最近これだけの文章を書いていると
色んな事に気付くようになった。
どうも色んな人が私の中にいるようだ。


憑依とでも言うのだろうか
霊的な事はあまり信用しないのだが
第六感、シックスセンスは信じている。


自分の文章を読み返すと
流れがかなり違う時があるのだが
それは私の心理状態や感情の起伏と
捉えていたのだが、それも確かにあるのだが


違うものがある。
人は本を読むのは、やはり物語を楽しむ為だろう
が、私は若い時に、本を読む事の目的が変わった
その作者はどんな文章を書くのか?
何故そこでそんな表現を使うのか?
ストーリー度外視の完全に変な読み方だ、、、


そこに興味が出たのだ。
そしてその人が持つ文章の癖を見つけると
嬉しくて堪らなかった。
そしてそれをどうも漠然とだが、記憶しているようなのだ。


このブログを書く時にその色んな方が
どうも降臨しているようなのだ。
時に「宮沢賢治」氏、時に「寺山修二」氏
筒井康隆」氏、「三島由紀夫」氏
まだまだある


まあ書ききれ無いのだが
しかし中でもやはり神秘的な文章を書く
宮沢賢治」氏、「無声慟哭」など
(声を出さずに、大声で泣く)
素晴らしい造語だ。これは真似れない、、、


降臨とは差し出がましい話なのだが
到底、文才は及ばないのだ。
所謂、模写なのだ。真似ているのだ。
面白おかしく書いている記事は
あれは「筒井康隆」氏か「野坂昭如」氏
、敬愛する「中島らも」氏の模写なのだろう


今、人生で三回目「筒井康隆」氏は読み返している。
書く内容により、模写する人を無意識に変えているようだ。
皆そうなのだろうか?
そして人の書く文章の癖、それは個性だ。
この個性がなければ下らない、説明書になる。


そしてその人の表現方法と癖を記憶し真似ると
意外とスラスラ書けるものなのだ。


まあ長い前書きだったのだが
驚いたというのは、前回書いた記事なのだが
「FUNさんありがとう」なのだが
私の熱烈なFUNに、K病院の外科医師の先生がいるのだが
私はその人だと思い、お礼のブログを書いたのだが
一度その方からお手紙を貰った事がある。


書いた後に手紙を読み直すと、違うのだ。
癖が違う、これは完全に人違いだ、、、
枕詞や終わり方が違う、やってしまった、、、


慌てて何度もコメント欄を読み返した。
どこかで見たような気がする
ん〜この直球のように見せて
変化する書き方、、、


だ、誰だ?
暫く眺めていたら、何かのノートのような
表紙が頭に浮かんだ。
ん、ん?な、なんだ?
この薄い緑色のような表紙、、、
まさか!直ぐに心当たりに連絡をした。
大正解だった、、、


その表紙の正体それは
何年か前に私の義理の兄が書かれた
小冊子だった。そうコメントの主は私の義理の兄だったのだ。
この小冊子は短編の童話がいくつか
収められたもので、確か友人の音楽会の時に配られたものだった
と記憶している。書斎を探せばどこかにあるはずだ。


これを何度か読んだ事がある。
偶然なのだろうが、不思議な話なのだが、事実だ
私の頭の中の記憶を、海馬がピンポイントでひっぱり出したのだ。


流石は海の馬なのだ。大海という記憶の海を駆け回る
勇ましい馬なのだ。
どこに反応したのかは解らないが
確かに表紙が浮かんだのだ。
いや〜驚いた。人間の潜在能力は凄いのだ。


義兄は有名国立大学を卒業している。
私と同じく酒飲みなのだが、
有能な方だ、がやはり優秀な人はそれなりに
優秀な人の癖が出るものなのだ。
人の諭し方にもそれは顕著に現れていたのだろう


いや〜失礼いたしました。少々取り乱していたため
冷静な判断が出来ませんでした。反省、、、


久しくお会いいたしておりませんが
寒き折、お体を御自愛下さい。
これからも応援お願いいたします。
いつの日か大兄が小説か童話を発表される事を
心より期待しております。