先日、時計の針が日にちを変える頃、
扉の向こうに人影が、
誰だろう、
見ると、どてらを着た。
見たことも無い、
老人が中の様子を伺っている。
服はヨレヨレ、
この町に来てから、
何度も合った。
無銭飲食、
賞味期限の切れたタバコを沢山持って来て、
これで、飲ませてくれ、
カウンターの上に小銭を置いて、
この分、飲ませてくれ、
数えると、680円だった。
その類かも、
しかし、もう慣れた。
と、思った瞬間、扉が開いた。
やはり、上はヨレヨレのどてら、
下はスエットで、裸足にサンダルを履いていた。
BARに来る格好では無い、
敷居の高いお店なら、追い返すだろう、
しかし、ここは下町、
ここで、店をしたお前が悪いと、
何度も、言われた。
その通りだ。
こういう人達は、この店が、何の店かも解っていない、
ただ、灯りが点いていたから、
入って来ただけだ。
服装で人を判断し、何度も痛い目に会った。
「いらっしゃいませ!」
と、少し大きめな声を出した私を、
じっと見ていた。
その老人の瞳の奥に何かが見えた。
何か、何だろう、よく解らないが、
何故か、頑張らねばと、力が入った。
ビールを頼まれた。
肩の辺りから、哀しみが漏れている。
ゆっくりと、話しかけた。
小さな声で、
誰も居ないと、たった一人で飲んでいて、
悲しくなったと、
聞き取りにくい声で話された。
お酒は、楽しく飲まないと、
と、何度も同じ事を、
その通りだ。
その通りなのだが、
ううっ・・・
一見で、訳も解らず入って来たご老人、
この人に私は一体何が出来るのか、
一体何が出来ると言うのだ。
得意なカクテルを出したところで、
美味しい、シングルモルトを出したところで、
そんな事では喜ばれないだろう、
少しばかりカクテルが出来るから、
少しばかりお酒を知っているから、
と、得意げになる。
そういうバーテンダーにはなりたくない、
そう思いやって来たじゃないか、
こんな時こそ、
何とかしなければ、
何とかするのが、本来の私の仕事ではないのか、
と、焦り出した。
その時、歌が好きだと、
そうですか、では私が何か弾きましょうか、
と、何がいいですか?と、
ポツリと、
「田端義男 かえり船」
「かえり船」
「・・・・・・」
「波の背の背に」しか、解らない・・・
やはり、私は無力だ・・・
「かえり船」
次の日、色々と調べた。
初めて知った。
この船、「復員船」だったのか・・・
私の父もこの「復員船」に乗り帰って来たと、
それで「かえり船」なのか、
その「復員船」の中で、この歌が流れたらしい、
さぞかし、多くの人の心を癒したんだろう、
それに比べ、私は・・・
「捨てた未練が、未練となって・・・」
あの方のお年では、戦争には行ってないはず、
では、やはり、お父さんが好きだった歌なのか、
色んな事が頭を巡った。
そして、もう来られないかも知れないが、
「かえり船」は、
しっかりと、練習しておきます。
悲しくなったら、どうぞ、又来て下さい、
冬に入った事を告げるような、
肌寒き夜のお話です。
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