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黄昏ウイスキー 

大阪は京セラドーム前の大人の小さなBAR「BARin」の日記 

私の町と真田丸 5

今から400年前、

大阪夏の陣が終わり、

「乱坊取り」略奪、強奪に奔った。

徳川の雑兵により、

 

 

町は地獄と化す、

又、戦で命を落とした。

兵達の屍が、

我が町の横を流れる「木津川」に流れ込んだ。

 

 

その時、一人の男が立ち上がる。

名を「中村勘助

「木津の勘助」と呼ばれた男だ。

侍と言う記述もあり、

 

 

まあ、そうとも取れるが、

明らかに「侠客」で、

「侠客」と言うのが、大事なのだが、

で、この男が何をしたか?

 

屍、土座衛門の片づけ、

・・・・・

が、私は思う、

尊い行為だと、

 

では、誰がするのか、

誰もが嫌がる事を、

武士が戦い、結果町民を巻き込み、

地獄と化した町と、多くの屍、

 

 

それを片づけた男、

中村勘助

「片付け頭取」と言う役に付いたとあるが、

多分、この事だろう、

 

土木の才があり、

大阪城の土木工事にも携わったともあるが、

なかなか謎が多い、

いや、資料が少ないのだろう、

 

1586年に相模の足柄山で生まれ、

先祖は「新田義貞」だと言うが、

何故大阪に来たのかは不明、

話は飛ぶが、豊臣家からの依頼で、

 

 

姫島に船碇泊所を作る。

情報がいつものように、

ジグゾーパズルのピースのように、

バラけているので、

 

 

私なりのパズルを作成するしか無いのだが、

豊臣家から依頼を受ける程の人物に、

どうしてなれたのかも、

やはり資料が乏しい・・・

 

 

ここで私があくまで「侠客」であるとしたのは、

こういう事なのだが、

それは、歴史に詳しい聡明なあなたには、

愚問なのだが、

 

そして「中村勘助」は、

「任侠」に生きた男だ。

何故なら・・・

そして「姫島」とはどこか?

  

 

 

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