黄昏ウイスキー 

大阪は京セラドーム前の大人の小さなBAR「BARin」の日記 

マッサン 余市の唄

戦後の混乱期、
低価格の3級ウイスキーを造れと、
出資者、加賀証券「加賀正太郎」に迫られ、
苦渋の選択をするマッサンこと、
竹鶴政孝」氏、


そこで誕生するのが、
三級ウイスキー「ニッカポケット壜ウヰスキー」(昭和25年)、
続く「ニッカ角壜ウヰスキー(新角)」(昭和26年)
しかし税制上原酒を5%までしか入れられず、
強烈な合成色素やエッセンスを添加しなかったために、
他社の「わかりやすい」見た目と味を持った製品に太刀打ちができず、
売り上げが伸び悩むことになる。


と、史実は少し違う、
強烈な合成色素とは、カラメル色素のことなのだが、
これも自社で砂糖から造ったようだが、
そこにも竹鶴氏の拘りを感じる。


しかし原酒が5%、
では残りの95%は・・・


まあ、それはいいのだが、
この「余市の唄」なる商品も、
架空の商品である事は言うまでも無い、
なので、


余市の唄ありますか?」は、
ハイランドケルト同様、


無い・・・
しかしこんな感じではなかったのだろうか、
と、思われるニッカさんのウイスキーが、
今、当店にはある。


飲まれますか?