黄昏ウイスキー 

大阪は京セラドーム前の大人の小さなBAR「BARin」の日記 

大逆事件 2

幸徳秋水」の墓が、
当店近くの西区は「竹林寺」さんにあったと言う、
記述から始まった。
ネットや図書館等を利用しても、
限界があった。
そこにこのブログにコメントが、


一瞬で道は開けた。
では少し説明をするが、
「大逆罪」に問われた「幸徳秋水
故に刑死されている。
そこで、
幸徳秋水の実家、
俵屋当主、幸徳篤明は秋水が二歳の時他界、
その為に番頭の駒太郎を中継ぎ養子としました。
が秋水も刑死した為そのまま駒太郎が家督を継ぐ事になりました。
と書かれていた。


そして、秋水の義兄、幸徳駒太郎→武次郎→正三→正夫と続きます。
1/24に地元中村で秋水の墓前祭があり今年も正夫さんたちと参列してきました。
その時に正三(正夫さんの父)が大阪の寺から移してきた時の石碑です。


そして今年稲村様より送られて来た画像には、


一番右が「幸徳秋水


そしてこれが、

西区は「竹林寺」にあったとされる石碑、

墓誌 幸徳家先祖 大阪 初代 などと書かれているようだ。

昭和五十七年一月二十四日
大阪市西区本田町 竹林寺より移す
幸徳正三
と掘られていました。
と、書かれていた。


これだったのか、
しかしかなり新しいように見えるので、
多分、その時に立て替えられたのかも知れない、


完全に答えが出た。
西区は「竹林寺」にあったのは、
「幸徳家」大阪初代で、
それを昭和57年に四国に移したのは、
「幸徳正三」さんだったのだ。


稲村様へ、
お約束を守りわざわざありがとうございました。
この場を借りて感謝の意を述べさせて頂きます。
              坂本

最後に、この「幸徳事件」
今では検察のフレームアップだったと、
100年以上前の事件なのだが、
質は違うが、
未だにこういう事件があった。
大阪地検特捜部主任検事証拠改ざん事件」


記憶に新しいと思うが、
何故、こういう事をこの国は繰り返すのか、
私はこの国を愛する者として、
悲しい限りだ・・・