黄昏ウイスキー 

大阪は京セラドーム前の大人の小さなBAR「BARin」の日記 

マッサン 支援者

NHK朝の連ドラ「マッサン」が、
ついに北海道は余市に、
しかし、美しい川がある。
泥炭(ピート)が取れるや湿気が多い、


そういう理由で余市を選んだと言うが、
広大な北海道で、ピンポイントで、
何故、余市なのか?
そして余市は特殊な町、


幕末に逆賊とされた会津藩士が開拓した町、
なので町名も、会津藩士にちなんだ名前がある。


そこにいきなり工場を建てると言う、
竹鶴政孝氏、

そしてたった4ヶ月で、
ニッカの前身「大日本果汁株式会社」を設立する。


早い、早過ぎる。
これだけスムーズに仕事が進めるのには、
必ず町民の協力が居るはず、
その町民は会津藩士の子孫、


では、何故会津藩士が協力したのか、
これはあくまで私の勝手な想像で、
妄想なので、歴史マニア氏のコメントはお断りいたします。


マッサンこと竹鶴政孝氏には支援者がいた。
わが町大正区とも関わりが深い、
「千島土地建物」
六代目当主「芝川又四郎」氏、
劇中では野々村さんとなって居る。


そして、
加賀正太郎氏、
のちの加賀証券の社長、
劇中ではオール阪神さんなのだろう、


そしてもう一人、我が先祖が藩、
大和郡山藩の、
と、言っても私の先祖は武士では無く、
この郡山城に出入りする両替商、
今で言う銀行のような商人だったと聞いている。


その郡山藩の柳沢家の子孫、
食通でも有名な「柳沢保恵」(やすとし)氏が居る。
この柳沢氏と竹鶴氏の出会いは、
芝川氏や加賀氏よりも早く、
スコットランドの留学時代、


鴨井さん、いや鳥井さん、
サントリー創業者が山崎に工場を建てると言った時も、
竹鶴氏は余市を候補に上げていたと言う、


何故、そこまで余市だったのか、
会津藩の子孫の町、
何か縁があったのだろうか?
又、そこで竹鶴さんがスムーズに事を運べるには、


完全に見落としていた・・・
「柳沢保恵」(やすとし)