黄昏ウイスキー 

大阪は京セラドーム前の大人の小さなBAR「BARin」の日記 

マッサン 森野熊虎

NHK朝の連ドラ「マッサン」
で、マッサン効果が出たのは、
このブログ、異常な数字を叩き出している。
アクセス数、それとニッカさんのお酒が高くなり、


店は、暇・・・


最悪の事態、
まあ、いいか・・・
腹痛と頭痛で2日ほど休んだが、
実は調べ事が難航していた。


マッサンこと竹鶴政孝
ニッカ創業者なのだが、
北海道は余市で創業を始める。
何故、余市なのか?


「マッサン」を観ている人はそれとなく解るだろう、
余市は特殊な土地、
NHK大河ドラマ「八重の桜」
そう、会津藩が開拓した町、

幕末に逆賊とされた悲劇の藩、
その地にいきなり、よそ者の竹鶴さんが来て、
工場を建てると言い出した。


町の人達は歓迎するだろうか?
竹鶴さんは、
広島は竹原の出身、
なら、広島藩、芸州藩、
幕末史では、特殊な藩、


会津藩との関係性も全く解らない、
しかし、森野熊虎氏のモデルは解った。
多分、川内藤次郎氏、
ニシン漁の網元、


検索して頂いたら詳しく解ります。
それよりも、会津藩の子孫達が何故、
竹鶴政孝氏を快く受け入れたか、
誰かパイプ役の人が居たのでは、


何故私がそう思ったか、
それは、

昭和9年3月、
竹鶴さんはサントリーを退社する。
が、


同年7月にはニッカの前身である
大日本果汁株式会社」を設立している。
この年表の記述が正しければ、
たった4ヶ月、早過ぎると、
私は思った。


誰かが手引きし、
会津藩士の子孫達の協力を得たのでは、
では会津藩士の子孫達が協力するような、
尊敬する人?
恩義を感じる人?


そんな人がマッサンこと竹鶴政孝氏に力を貸したのでは、
まあ、これは私の全くの想像なのだが、



探した、探した、
灯台下暗し、
居た・・・
なるほどこのお方か・・・

まだ、誰も書いていない、
奥羽越列藩同盟

み〜つけた!