黄昏ウイスキー 

大阪は京セラドーム前の大人の小さなBAR「BARin」の日記 

マッサン 混和

NHK朝の連ドラ「マッサン」
その中でマッサンが悪戦苦闘、
ブレンドに、ブレンドを重ね、
日本人でも飲めるウイスキーを造っている。
まあ、仕方ない、
もう、その頃から90年近く経って居るのだが、


今でも、飲めない若者達は「ゲッー不味い!」
「こんな物飲めるか!」は、
よくある話、
大人になって下さいとしか言えない、



では劇中、マッサンがブレンドしているが、
あれなら、山崎の原酒と原酒をブレンドしているように見える。



それなら、いきなり「シングルモルト 山崎」が誕生する事になる。
その時代、まだシングルモルトは必要なかったのだ。
シングルモルトウイスキーは誕生していたが、
登場していなかった。
主流はブレンディドウイスキーだった。
1963年に「グレンフィデック」が、
シングルモルトウイスキーとして単体で発売し、
数年で驚異的な売り上げを出すまで、


シングルモルトウイスキーは、
ブレンディドウイスキーの味付け用の供給ウイスキーだったのだ。

勿論、日本初の本格?ウイスキーと言われている。
サントリー白札」も、

ブレンディドウイスキーなのだが、


ならば、連続式蒸留機で造られる。
廉価な・・いや、
大量に造る事が出来る別のアルコールに、
山崎原酒を数パーセント入れればいいのだが、



ではそのアルコール、スピリッツはどこで造られていたのか?
山崎?
いやここだ!


私の家の目と鼻の先サントリー大阪工場が大活躍!
大正時代、

「混和」と言う文字が見える。
他にも「山崎原酒」「大阪工場製スピリッツ」
大蔵省に山崎原酒と大阪工場のスピリッツを混和させて下さいと、
願い出ている。


そして昭和三年混和を開始するとある。

その翌年「白札」は販売される。
ウイスキーの原酒はアルコール度数が高い、
希釈、薄めるのは当然なのだが、
それならば、加水と言う言葉を使うはずなのだが、
加水と言えば、水を加えると言う事になる。
水と限定される。
希釈となれば、何で薄めたのか限定できない、


多分、混和した事を希釈と言う言葉を使ったのだろうか、
加水と混和の両方の意味合いを取ったのか、
この混和に関しては色々と問題がある。
「美味しいぼ 70巻」になるし、
まあ、混和となると大阪工場を説明しなくてはいけないので、
ややこしくなる。
で、封印・・・


しかし山崎工場が出来る前に発売されていた。
大正時代のトリスウイスキー、
明治時代のヘルメスウイスキーの中身は一体・・・



昭和4年「白札」(カモイウイスキー)不評・・・
昭和5年「赤札」(レッドラベル)不評・・・
その後の
昭和7年「サントリー十年ウヰスキー 角瓶」
昭和10年「サントリー特角」
で、手応えをつかんでゆき、
昭和12年「サントリーウイスキー12年」
現在の「サントリー角瓶」で成功を収める。


やっとの思いで成功するが、
それはマッサンこと竹鶴さんが退社した後の事である。