黄昏ウイスキー 

大阪は京セラドーム前の大人の小さなBAR「BARin」の日記 

七夕の夜に・・・3

関西を震撼させたあの大地震

阪神大震災

その頃私はお酒は一滴も飲まずに働いていた。

娘がまだ小さく、病気がちで、

いつ、何が起こるかも解らなかったからだ。

その夜も遅く、車で自宅に戻った。

 

 

車のドアを開けると、

ん?ええっ・・・

星だ。

確か午前3時頃だった。

天空が満天の星空、

未だかつて見た事の無い夜空、

 

 

暫く眺めて居た事を覚えている。

その朝早く、激しい揺れに襲われた。

当時、私の住んでいた地域は、

大阪市内では唯一の、

激震地区指定された。

 

 

私は震度7を経験した。

次の日、彼女の事が気になった。

当時、彼女は西宮に居た。

その西宮の状況がTVから流れた。

阪神高速道路が横倒しになった近くだった。

 

 

連絡が取れない、

いや、私も大変な状況になった。

マンションの外壁が崩れ、

数日後、内壁にも穴が開き、

青空が見えていた。

 

 

時が流れ、少し平常を取り戻した時、

私も又、カウンターに立っていた。

そして彼女が現れた。

相変わらずニコニコしていた。

が、やはり恐怖は隠せない、

 

 

ある日、彼女がポツリと言った。

「怖い」と、

彼女はお姉さんと二人で暮らしていたが、

その日、お姉さんが居ないと、

仕方ない送ってあげる事にした。

 

 

書くのを躊躇ったのはそういう事だ。

恩を仇では返せない、

しかし女性との事を書くと、

ああだ。こうだと、

詮索する輩が多い、

特にこの田舎の下町では・・・

 

 

まあ、もうそんな事もどうでも良い、

しかし彼女を送った後、

私は家に帰れなくなった。

標識も、信号も無い、

高速もどうなっているのやら、

今のようにナビも無い、

 

 

ただただ真っ暗で、

気温が異常に低い、確かに怖い・・・

多分、同じ所をグルグル回っていたのだろう、

何とか家に辿り着いた。

 

 

それから暫く連絡が無かった。

すると、ある日電気が点かないと言って来た。

???

 

 

どうも引越しして、

北新地の近くにマンションを借りたようだ。

が、電気が・・・

仕方ないので見に行った。

ん~、こんな事も出来ないのか、

ただ背が低く、天井の照明器具が、

付けれなかっただけだった。

 

 

その後もお化けが出ると、

仕方ないので見に行くと、

確かに人影が廊下の辺りに、

「おい!」と声を掛けたら、

「すいません、すいません」と、

お化けが言った。

 

ストーカーか痴漢だったようだ。

そんなこんなのお礼に、

カレーを作ってくれたが、

想像を絶する味に硬直した。

数々の思いで・・・

 

 

それから私はミナミで自分の店を出した。

その時も、彼女が色んなお客さんを連れて来てくれた。

そして、今の店でも同じように、

それがここ数年、疎遠になっていた。

 

 

どうしているかと思った時だった。

彼女が亡くなったと言う連絡があったのは、

聞いた時は、ただそうなんだと思ったが、

時間が経つに連れ、

妙な罪悪感がフツフツと芽生えた。

その日が通夜だと、

しかも店の近くだった。

誰も居ない、

早く閉めた。

 

 

ここで行かない訳には、

棺の中で痩せた彼女は眠っていた。

後悔先に立たず、

彼女には私の娘も、

勿論、孫も会わせた事が無い、

 

 

私を助けてくれた彼女は、

娘達を助けたも同じなのだが、

そういう事は、

夜の仕事をしている者にしか響かない、

何よりも生ある間に、

心から「ありがとう」と伝えたかった。

 

 

 

 

いつの日かどんな時も笑顔を忘れない、

素敵な女性を産み、育ててくれた。

美しい海を持つ、

奄美大島」と言う、

小さな島を尋ねてみたいと、

彼女が星になった。

 

 

七夕の夜に、

そう思った・・・

 

 

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幾万の悲劇も紙屑になる・・・

 


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