黄昏ウイスキー 

大阪は京セラドーム前の小さなジガーBAR「BARin」の日記 

ボクサー崩れ・・・

ボクサー崩れ、
そう呼ばれた男「袴田巌
中学卒業後にボクシングを始め、
アマチュアでの戦績は15戦8勝(7K0)7敗。
1957年 静岡国体に出場。
その後プロボクサーに転向し、
戦績は29戦16勝(1KO)10敗3分。
最高位は日本フェザー級6位。


そして引退し勤めた味噌製造工場で、
氏に悲劇が襲う、
そして気が遠くなるような、
長い、長い戦いが始る。
48年・・・
ボクサー崩れ・・・


氏の姉がインタビューで呟いた。
「これが剣道や柔道だったら・・・」
まだこの頃はボクシングが拳闘と言う、
悪いイメージが付けられたいた。
それがこの事件の引き金を引いたのは、
間違いない、


そして今日でも、
私達はバーテンと呼び捨てられ、
飲み屋の兄ちゃんはどこまでもいつまでも払拭出来ない、
そういう立場なので、
少しはレッテルを貼られる事の心情は解る。
それもこの下町に来てからが色濃くなった。


北新地やミナミではここまで酷くなかった。
特に北新地では、
お酒のエキスパートとして見てくれていた。
しかしこの地では他にする事が無いから、
この仕事をしている。
馬鹿だから、そう思い込んで来る人は後を絶たない、


だから少し、これはこうですよと言うと、
キレる。まあ、自分より馬鹿だと思う人に、
言われればそうなる。
ここではこうした方が良いですよ、
と、言っても言う事を聞かない、


まあ、馬鹿の言う事は聞かないだろう、
ボクサー崩れ・・・
バーテン・・・

私は馬鹿は馬鹿でもお酒馬鹿なのだが・・・