黄昏ウイスキー 

大阪は京セラドーム前の大人の小さなBAR「BARin」の日記 

70年

駄目だ、記憶の連鎖が止まらない、
高田渡さんや、寅さん、円谷幸吉さん
色んな事を思い出した。


すると、禁断の記憶が・・・
1970年大阪万博
エキスポ70、
こんにちわ〜、こんにちわ〜・・


私は当時7歳、
父母や姉が、私が喜ぶと何度も連れて行かれた。
連れて行かれたところで・・・
アメリカ館の「月の石」をはじめ、
太陽の塔」等、
全て、4時間、5時間、6時間待ち
人、人、人・・・


待てない・・・
しかも駅から遠い、
おまけに、駅からの道が何故か真っ白、
時期は夏、照り返しがきつく、
目に赤いものがちらつく、


唯一入れたのが「コカコーラ館」
当時は意味が解らなかったが、
どうも今の携帯電話の原理を説明していたのだが、
全く面白くなかった・・・


後、水車のようなものがあり、
それを自転車のようなもので、
ペダルを漕ぐのだが、
それすら、1時間程並んだ。


全ての記憶は「地獄」「苦痛」
が、親達は私が喜ぶと・・・


私の大阪万博の思い出は、
どこまでも続く、
あの白い、白い


道・・・・


と、終わりたかったのだが、
実は大阪万博の面白い話を知っている。
実は大阪万博最後の日、
盛り上がったスタッフや入場者達が、
電車に乗り遅れると言う事態になり、
かなりの人数が取り残され、
そこで万博内で野宿をしたそうだ。


それを何故、私が知っているかと言うと、
TVで万博の特番があり、
TV局関係の方から、
その野宿を体験した人を探して欲しいとの依頼があったからだ。


残念ながら、私の知り合いには居なかったのだが、
その特番を観たら、確かその体験者の方が出ていた。
本当にそんな事があったのか、
と、驚いた。
余談ですが・・・・