黄昏ウイスキー 

大阪は京セラドーム前の大人の小さなBAR「BARin」の日記 

懐かしい思い出 二十歳の海 2

千葉に旅立った。
自分の世界観を広げる為に、
上野から、電車に乗った。
江戸川を越える辺りから、
電車が、と、止まらない、
ま、間違えたのか、
違う、関東平野はでかいのだ。
快速が、まるで、特急のようだ。


驚いた。都会人だと思っていたが、
完全に田舎者だ、、、
そして、建築現場で働いた。
毎日、毎日、
興味津々だった。


「やらせて下さい」
「手伝います」
と、暇を見つけては、
色んな職人さんの仕事を手伝った。
最初は変な顔をされたが、
現場でアイドルになった。
昼間、ジュースをいろんな人に貰った。


大工さん、左官屋さん、電気屋さん、
鉄筋屋さん、ペンキ屋さん、型枠大工さん、
ハツリ屋さん、鳶さん、重量鳶さん、
一番興味があったのは、
左官屋さんだ。
セメントをコネ、塗る、
泥を塗って、お金が貰える。
錬金術師に見えた。
しかし、なかなかの重労働だ。


そして、出来なかった職種が二つある。
一つは、ペンキ屋さんだ。
浴槽の防水ペンキを塗った。
何故か、面白くなって来た。
仕舞いには、声を出して笑った。
ペンキ屋さんに、怒鳴られた「外の出て、
空気を吸って来い!」と、言われた。


目の前に、赤いグニャグニャしたものが、
見える。頭が痛い、気分が悪い、
吐きそうになった、、、
塗料に酔ったのだ。


それから、トラウマになった。
今でも、油性のペンキが使えない、
大変な仕事だ。


最大の挫折は、鳶さんだ。
足場を運ぶのを手伝った。
細い、足場を大きな物を持って歩く、
3階までは耐えたが、
4階で足が止まった。
な、何も無い、、、
まだ、4階の足場は完全に出来てなかった。
瞬間で恐くなった。


「無、無理です」
と、告げた。
鳶さん達は笑っていた。
あれは、天性の職業だ。
きっと、生まれた時に、
出来る人か出来ない人か、決まるのだ。
そう、思った。
圧巻は、重量鳶さんが、
お寺の工事で、細い渡り板だけを掛け、
そこを二人で、大黒柱のような大きな柱を担ぎ、
疾風のように、2階に運んでいた。


口を開けて見ていた。
何年掛かっても、あれは私には無理だ、、、
が、もっと大きな挫折が迫っていた、、、、
       つづく、、、、