黄昏ウイスキー 

大阪は京セラドーム前の大人の小さなBAR「BARin」の日記 

捻じ曲がる人生

人生は、少しの力で捻じ曲がる事がある。
自分は良かれと、思うことを他人は、
そう、思わない、それは世界観の違いから、
発生する。多くの世界を見れば、見るほど、
こんなものでいいか、これでもいいのか、
と、許容範囲は大きくなるが、
小さな世界にいると、
小さなものしか見えなくなる。


そうなると、上辺しか見えなくなり、
知識に頼るようになる、
結果、脳に知識があっても、
手足が動かなくなる。
そうはなりたくない、
私はそういう人間を一番嫌う、
口ばかりが、先行するがあまり、
体は、ブヨブヨになる。


行動が伴わないのが、
一目瞭然、
しかし、やり過ぎも禁物だ。
以前も書いたが、自己犠牲は、
裏返せば、命の軽視に繋がる。
店でのやりたい放題には、
注意しなければ、いけない、


何故なら、誰も代わりに子供を育ててくれない、
何でもいいよじゃ、食べてはいけない、
いい事は、どこまでも許し、
悪い事は、小さな事でも、
ダメなのだ。
この、振幅の幅が、
一般人には無い、私達ような、
特殊な業種なのだろう、
だが、それを言うと切れる。


同じ事を、決して、新地の高級な店では、
しないはず、
それは、開き直りと、甘えだ。
が、人はなかなか変わらないものだ。
それも、仕方の無い話だ。
無力感を感じる、、、、


そして、結果、私が悪いという、
理不尽な展開になるが、
ウルトラマン」の中に、
完全悪、絶対正義は存在しない事を、
私は学んだ。


まあ最近、この人間の自由奔放な振る舞いに、
嫌気が差した事は、否めない、
言うなら、その言葉に責任を持ち、
人に言う事以上に、自分が出来なければ、
意味が無い、
と、言う事で、今回、又、大きく挫折した。


責任を取らなければ、ならない、
と、共に、新しい挑戦も怯まず。
続けたい、
この世に、完全悪、絶対正義は存在しない、
それは、物の見方にある。
強制はしないが、一度、
店側からの、見方も考えてみれば、
少しは、小さな世界観を変えれるかも、
井の中の蛙では、大海で、遊べない、、、、