黄昏ウイスキー 

大阪は京セラドーム前の大人の小さなBAR「BARin」の日記 

懐かしい思い出 二十歳の私

昨日の記事で、
懐かしい事を思い出した。
二十歳の時、私は東京に居た。
正確には千葉県、流山市だ。
サーフィンに没頭するがあまり、
親戚をたより、千葉に行ったのだが、


千葉というだけで、サーフィンの聖地と、
思い込んでいたが、千葉は、ひ、広い、
なんと、海まで、何時間も掛かる。
しかも、仕事がきつい、、、、
休みが無い、、、


建築現場で、設備の仕事をしていた。
今はどうだろうかは、解らないが、
当時は、士農工商のように、
職人さんには、位があった。
設備屋さんは辛い立場だった。


鉄筋屋さんの仕事を手伝いをしなければ、
いけなかった。
私は何週間も、鉄筋屋さんの輪の中に居た。
ジュースを買って、ご機嫌を取っていた。
私が居た鉄筋屋さんは、
確か、5人か、6人兄弟、
全て、男だ、、、
朝のラジオ体操で、
殴りあいの、兄弟げんかが始まる。


それを止める事から、一日が始まる。
長男は、まさに、ラオウのような人だった。
この人には、誰も逆らわない、
そして、この人に私は右足を救って貰った。
鉄筋を組み、溝に大きな鉄筋を落とし込む時、
よく覚えて無いのだが、
何かが、ズボンに引っ掛かった。
ひ、引っ張られる。と、思った瞬間、

大声と共に、
横腹に、激痛が、
何故か私は、斜め後ろに飛んだ、、、
何が起こったか解らない、
壁にぶっかった。
ヘルメットのお陰で、
何もなかったが、横腹が痛い、


大きな人影を感じて、
見上げると、ラオウさんが立っていた。
背中から、見たことも無い色の、オーラを出していた。
メチャクチャ怒られた。
私が鉄筋に右足を挟まれかけた時、
ラオウさん、
大きな鉄筋を持ち上げたまま、
私に近づき、私の横腹に蹴りを入れ、
後ろに飛ばしてくれたようだ。


ん〜そんな、やり方でいいのか?
人間に食らった蹴りの中で、
一番強烈だった。
何日か痛かったから、多分肋骨に、
ひびが入っていたのでは、
しかし、右足は救われた。
と言うか、そんな危険な事、見習いにさせるな、
だろう、、、
その鉄筋屋さん達は、茨城県の人達だ。
無事で居るだろうか?
ラオウさんは、もうおじいちゃんだろう、
覚えているだろうか?
懐かしい思い出だ。


暑い夏の午後だった、、、