黄昏ウイスキー 

大阪は京セラドーム前の大人の小さなBAR「BARin」の日記 

海岸通 5

陽が昇った。辺りは明るくなったが海岸通り、
余計に現場は、悲惨さを帯びていた。
あいつの弟が、物陰に隠れて泣いていた。
「まだ分からないから」としか言えなかった。
複雑な心境だろう、弟は報道カメラマン、いつもはこれを撮る側なのだ。
それが、撮られる側になるとは、、、


返事は無く、背中を摩るのが精一杯だった。
昼も過ぎ、まだ動きが無い、
一睡もしていない、おかげで足がふらつく、
そんな事よりあいつは、あいつはどうなったんだ。


連絡が来た。関空に行くようだ。
親族と一緒に、車で移動した。
関空の連絡橋が、途轍もなく長く感じた。


*シーンは関空特別室に移る


小さな部屋に沢山の親族の方々で、ひしめき合っていた。
私がここにいていいのだろうか?
小さな罪悪感のようなものが芽生え、申し訳なくなった。
親父さんは、一番後ろで立っていた。
私は前の方に座っていた。



海上保安庁の人が来た。
事故の経緯を説明している。
長い説明だったが、最後にポツリ、乗組員は全員行方不明、、、、
と、残酷な事を告げた。
頭が真っ白になり、ここがどこかも解からなくなった。


瞬間、怒号が起った。親族のやり場のない怒りだ。
口ぐちに色んな事を言い出し、
騒然となった。大音声が渦を巻く、耳を塞ぎたくなった。
次の瞬間、怒号を斬り裂く、
稲妻のような声が部屋中に響いた。
親父さんだ、、、


ああ〜文章の神様よ、私に少しだけ力を与えて欲しい、
この素晴らしい話を、皆によく伝わるように、少しばかりの
文才を今だけでいい、与えて下さい、


親父さんが、手を挙げている。
凛と立ち胸を張り、何も恐れぬ表情だ。
地を這い、天にも届く大声だった。
そしてその声に、一切の迷いはなかった。


「私、船長の父親です。この度は命懸けの捜索、
真にありがとうございました。
私からは、それだけです!」


一瞬にして、夜明け前の湖面のような静けさが、
訪れた。同じ部屋に居るとは思われない、
この状況、この雰囲気でこれが言えるだろうか、
同じ人間として、私は、これが言えるだろうか、
自分の事では無く、他人を労う言葉を掛けられるだろうか、


もう一度聞いてくれ、
「私、船長の父親です。この度は命懸けの捜索、
真にありがとうございました。
私からは、それだけです!」


私は、フラフラと立ち上がり、ドアを開け、表に出た。
涙が止まらなかった。空は憎い程晴れていた。
あいつの事もそうなのだが、親父さんが言った言葉が、
胸につまり、吐き気がした。何度もえづいた。
頭の中で幾度と無く再生され響く、
親父さんの気持ちを考えると、
人生で今だかつて味わっいた事の無い、
気持ちがこみ上げて来たのだ。
それを整理しきれなかったのだろう、


親父さんは受け止めている。
この状況を全て受け止め、更に高い所から、見ているのだ。
私はこの言葉を、一生忘れる事は無いだろう、
そしてこの姿勢だ。これが出来る男に一刻も早くならないと、
人生、大変な損をする事になると思った。
男とは父親とは、こういう生き物なのだと、初めて思った。
あいつの親父さんは、今まで見た事も無い、そういう男だ。


そして昨日、時間が出来たので、あいつに会いに行った。
毎年欠かさず行っているから、
今年で10回目になる私の大事な年中行事だ。


線香と酒を供えた。

我ながら律儀なものだとは思うが、
それだけあいつは私にとって、かけがえの無い存在だったのだろう、
そしてこの海に、あいつの船は腹を出し、
揺れていた。

遠くに関空の連絡橋が見える、、、、