黄昏ウイスキー 

大阪は京セラドーム前の大人の小さなBAR「BARin」の日記 

海岸通 4

2000年、2月8日 猛烈に寒い夜。
11年前、その電話は鳴った。同級生からだった。
TVのニュースを見ろとの事だった。
観た、大変な事になっていた。


そこらじゅう同じニュースだ。
船が、ひっくり返り、黒い海に漂っている。
ニュースキャスターが、何度も、
あいつの名を口に出した。
血の気が引いていった。
非情に且つ冷静に、
あいつの名を告げていた、、、


な、何が起こっているのだ。
全く解らない、
関空沖、と聞こえた。
ち、近い、、、
既に車の鍵を持っていた。宮沢賢治で言う、
私は曲がった鉄砲弾のように飛び出していた。
雪がちらついて来たと思った瞬間、


見る見るうちに、吹雪になった。
大阪では珍しい、大吹雪だ。
ま、前が見えない、何も見えない、
高速道路が、封鎖された。


前の信号が赤だ。ここは坂道、下り、
と、止まらない、
ずるずると坂道を滑るり落ちる。
もうこれ以上先へは進めないと、冷静に思ったが、
何も恐れない、前しか見ずにクレージーな波に向かう時の私が、
何を恐がっているのだ、と、嘲り笑う、
コンビニで止まり、
コーヒーを買った。ボーっとして雪の中に立っていた。
頭が雪で真っ白になっていた。


近い、近くにいるのだ。
しかし進めない、天を睨んだ。
便所の神様でも、安産の神様でも
何だっていい、力を貸してくれ!
恐怖を感じる神経を叩き切ってくれ!
どうにでもなれ、そう思い、力一杯ハンドルを握った。
少し震えていた。
そりゃ〜そうだ。前は見えない、
しかもノーマルタイヤでこの豪雪を走ろうと言うのだから、
完全に頭がおかしい、、、車が一台も走っていない、
何故か今だ!と思った。大きく息を吸った。
「ウォーリャ〜」と、訳の解らない声が出た。


アクセルを踏むと、車はジグザグに走り出した。
もうすぐ行くから、もうすぐ行くからと何度も呟いた。
信号で止まる度に、ラインを大きくはみ出し、
車は斜めを向いていた。何キロも走ってないのだが、
何時間掛かっただろう、強烈な寒さなのに、体は汗ばんでいた。
つ、着いた、、、しかし、な、なんだこれは?


TV局、新聞社、野次馬、お祭りのような騒ぎだ。
サーチライトが、船を浮かび上がらせているが、
水温が低すぎ、波が荒すぎ、潜水士が潜れないらしい、


羽田から、ジェットで海猿のエキスパートが飛んできた。
それでも20分潜るのが、限界らしい、
どうなっているんだ。あいつはどこにいるんだ。
船内から、音が鳴ったらしい、
生きているのか、親父さんがいた。
転覆して、何分後かに親父さんの携帯にあいつから、
電話があったと、気丈に笑顔で語り、
私に来てくれてありがとう、ありがとうと、
何度も頭を下げてくれたのだが、言葉が出ない、何をしてるのだ私は、
しっかりしろ!励ませ、励ませ、解っているが、出来るかボケ!だ。


時間だけが過ぎて行く、
夜が終わりを告げる。何の進展もないまま、
海は荒れ、朝の日光に船のどてっ腹が光り、揺れる。


これは悪夢なのか?
あいつは生きているのか?