黄昏ウイスキー 

大阪は京セラドーム前の大人の小さなBAR「BARin」の日記 

海岸通 3

夏、あいつが帰って来た。
海に行った。相変わらず、波に遊ばれていた。
親父さんと酒を飲んだ。
あいつの学校の話を聞いた。
恐ろしい話だった。もう絶対に行かないと心に決めた。


正に、光陰矢の如し、あいつも私も大人になった。
二人共、同時に時間が出来た時があった。
四国に何日も泊りがけで行った。
中でも印象にあるのが、日本海、しかも真冬、、、
本当に死ぬかと思った。
忘れる事の出来ない、何メートルあっただろうか?
クレージーな波だ。


今の当店の俄かサーファー諸君を連れて行ったら、
皆、帰らぬ人になるだろう、
何故かそういう時、必ずあいつは一緒にいてくれた。


いつの間にか結婚し、子供が出来た。
私の長女が出来た時、お世辞にも可愛いとは言えない、
顔立ちだった。あいつだけが可愛い、可愛いと大声で言い、
抱きしめてくれた。いつまでも覚えている。
お前の子にしては可愛いと言うのだが、
誰が見てもそっくりなので、間違いようが無い、


そしてあいつは大きく手を振り、去っていった。
本当の別れが近づいていた事に、
お互い気付きもせずに、手を振りながら、
そして淡々と日々は過ぎていった。
船を下りたらしい、風の噂で聞いた。
あまり会う事も無くなっていた。
海外で、大きな事故に合い、


家族が心配するので、一度船を下りたようだ。
何をしてるのだろう、又、何年かが過ぎた時、
道で会った。信号待ちの瞬間、
車からわざわざ降りて来て、
窓ガラスをガンガン叩い来た。
そして窓を開け、握手を交わした。


今思えば、それが最後の握手だった、、、
2000年を迎えた。
思ったほど、盛大な年越しでは無かった。
私はミナミの自分の店で、新年を迎えた。


何故か、ミナミに寂しさを感じていた。
キャッチが増え、客層も変わり、女、女、女を求める
そういうお客様ばかりが増えだした。
その年の一月、現在の店の前を通った。
小さく、貸し店舗のような文字を見た。
何か、背中にざわざわしたものを感じた。


風呂に入り考えた。しかし、自営業としての人生は、
挑戦がなければ、成り立たない、指を加え、時が流れるのを見ていても、
誰もお金をくれなし、国は税金だと言い、非情に金をもぎ取っていく、
一日、一日が食べる為に足掻く日々だ。


会社や国という、引かれたレールの上をトボトボ歩くのでは無い、
まず、レールから己で引かなければならない、
店はあるものでは無い、自分で作るものなのだ。
それも一人だけでは無い、子供達も抱えている。
ぐちゃぐちゃ、愚痴を言う勤め人、君らにそれが出きるだろうか、
まず、出来ないだろう、だらか勤め人で、だから愚痴を吐き、
そして人生を終えていく、、、


一瞬で、結論が出た。
挑むべきだ。この故郷であり、ド田舎の町に、、、


36歳からの再挑戦だったが、
その月のうちに契約を済まし、
大変な額の融資を受け、全てが整った時、


人生で最も最悪な電話が鳴った、、、、