黄昏ウイスキー 

大阪は京セラドーム前の大人の小さなBAR「BARin」の日記 

夏が恋しくて、、、

吹きすさぶ冷たい北風
冬本番が訪れている。
寒中お見舞い申し上げます。
いや〜昨夜は寒かった、
こう寒いと、あのギラギラした夏が恋しくなる。
私達が良く行く、お世辞にも綺麗とは言えない、
あの小さな海岸はどうしてるだろうか?


駐車場のお母さんは元気だろうか?
数日前に懐かしい友人が会いに来た。
私がまだサーフィンをしている事に驚いていたが、
今はほんの水遊び程度だ。
しかし若いときは無茶をした。


そう懐かしいあの時だ、
あれは20代前半だった。
夏では無く、もう少し早い時期だった。
台風が、二つ、親子で来ていた。
友人数人と、伊勢に向かった。


到着すると、丁度台風の目の中に入っていた。
強烈な風だが、晴天なのだ。早送りの画像のように、雲が流れていた。
そして案の定、恐ろしくでかい波だ。
正直、全員怖かったはずなのだが、
誰も止めようと言わない、
今思えば、入る勇気より、止める勇気なのだが、
着替えた、、、


そのポイントは「カレント」がはっきりしているので、
2回程「ドルフィンスルー」をしたかしないかで、
アウトに出た。ローカルの兄ちゃんが、3人ほどいたが、
こう言われた「何で入ったん?」
話を聞くと、入っているのでは無く、波が少し落ち着くのを
待って、出ようとしているのだと、その通りだ、「ダンパー」で、
直角のような波が、マンションの3階ぐらいまで、
そそり立っている。乗れる訳が無い、、、


仕方無いので、私達も波が落ち着くのを待った。
私はつまらなくなり、波待ちの体制で、ぐるぐる回り
遊んでいた。瞬間、気配が変わった。
皆の居る所と離れている、、、
ま、まさか、、、振り返ると猛烈なスピードと音で、
マンションの3階を遥かに越えるような、
大波が出来上がろうとしていた。


ピ、ピンチ、が、何も出来ない、、、
そのまま後ろ向きに吸い上げられる。
どこに行くのだ私は、海が言った「海面さ」と、
その通り、顔面から、海面に叩きつけられる瞬間、
とっさに体をよじり、体制を変えようとしたのだが、
中途半端になり、左脳に強烈な、衝撃が走った。
不思議だが、その時の海面が迫る様子を、
コマ送りの画像で覚えている。
海面は穏やかで、白い泡が揺れていた。


後はそう地獄の海中だ。太陽が右から左から、
前へ、後ろへとぐるぐる回る、
し、死ねと確かに思ったのだが、
少し落ち着いた、今だ、光のある方へ必死に
泳いだ、次の瞬間、最悪の事態が、第二の波が来たのだ、


又、凄いスピードで回り出した。
さっき死ぬと思ったのに、、、うそ〜、、
そこから記憶が無い、気がついたら、
浜辺で打ち上げられた魚のように
ピチャピチャしていた。
その日は大波で、ギャラリーの数も凄かった。
私は恥かしくなり、慌てて立ち上がった瞬間、
ギャラリー目掛けて、マーライオンのように、
口から、大量の海水を吐き出した。


そして恐ろしい事が起こった。
車の位置が解らない、だけではなく、
誰と来たのかも解らなくなっていた。
仕方無く、少しはずれて、放心状態のまま、
浜辺で体育座りをしていた。
どれぐらい時間が経っただろうか、
遠くで見慣れた人影が、同じく体育座りをしていた。
近づくと一緒に来た友人だった。
彼を見た瞬間、不思議と私の記憶が戻った。
だが、彼の目は完全に死んでいた。


声を掛けた、返事が無い、やばい、
肩を持ち、再度声を掛けた。
「あ、○○君」と私とは違う名前を呼んだ。
重症だ、、、「だ、大丈夫か?」と言うと、
力なく、「ああ〜」と言った。
よほど怖かったのだろう、、、


それから、2,30分ぐらいで、
全員、生還した。
皆、同じように目が死んでいた。
若造達が、文字通り頭を打った日になった。
帰りの車も皆、喋らなかった。
人間の無力さを、海に教わった。
海をナメてはいけませんなのだ。