黄昏ウイスキー 

大阪は京セラドーム前の小さなジガーBAR「BARin」の日記 

僕のパソコン知りませんか、、、、

パ、パソコンが、、、、
SMART機能のエラーが
こ、これはこ、故障?
泉尾だより用に購入したノートパソコン
泉尾だよりを書かないというと
壊れた。直せるのだが多分高額になる。


以前もウィルスが入って
パソコンSOSを呼ぶと
¥24.000−も取られた、、、


恐ろしい、、、
と言う訳で買った!

かなり新しいNECのLaVie
お値段なんと¥22.452−
なんじゃそりゃ〜


初めから買えば良かった、、、
綺麗で使いやすく機能も
増えた。ので又頑張ってブログを書くのだ。


ブログなら句読点を注意されない
嫌なら読まなくていいのだから、
気が楽だ。だからといって適当には
書いてはいない、いつも持てる力は出している。


私自身は文才があるなどとは思ってはいない
但し話しは仕事柄、多少は面白く出来る。
ただそれを文章に起こしているだけなのだ。


だから少しも高尚な文章では無いのだが、
読みにくい事もないはずだ。
これは中学1年生の時の国語の先生に
感謝するべきなのだ。

あまり人には話してないのだが、、、、
当時の私は作文に、句読点を打ちまくっていた。
それを先生は「てんてん虫」と言った
綺麗な文章それは極力、句読点を減らすことだと、、、
その先生は女の先生だった。


いつもからかっていたが、尊敬してたし、好きだった、、、
彼女からは詩を沢山教えてもらった。
中原中也」は驚いた。なんじゃこりゃ〜
これのどこが文学なのか?
読んだ、、、解らん、、、
それから「高村光太郎」や
萩原朔太郎」など
読み出した。解らない事が知りたかったのだ。


記憶するぐらい読んでいた。
ある日先生に言われた。
解らないものを解ろうとするのではなく
そのままを受け止めるのも大事な事だと、


ん〜その時はイマイチ解らなかった。
中学3年生のある日、先生は死んだ、、、
新婚で幸せそうで、いつも笑ってた
子供が出来、出産の時に亡くなった、、、
子供は確か無事だった、、、


それから医者が嫌いになった。
今でも大嫌いだ、、、
先生は殺されたと思っている。


何日か過ぎ先生のご両親が全校生徒に
一冊のノートをくれた
無性に虚しかった、、、、
薄っぺらいノートになって帰って来たのだ。


表紙をぐちゃぐちゃに落書きをした。
腹が立ったのだ、、、、
悲しくて何回も泣いた事に
腹が立ったのだ、、、
そしてゴミ箱に投げ捨てた。
そのノートを泣きながら又ゴミ箱から
救い出した、、、、


15歳の私には受け止めれなかったのだ。
告別式の日先生のクラスの生徒だけ出席し
「22歳の別れ」を歌ったらしい
その日からその曲を聴かなくなったし、歌わなくなった。


そのノートに詩を書いた
こんな馬鹿みたいな文章は、自分でも書けると思った。
ページは全部書いたが、お粗末過ぎて笑った、、、
難しい、、、、
詩のような言葉の羅列は当時、いや今でも私には不可能なのだ。
そのノートだが30年以上経った今でも大切に持っている。


確かに私の文章はおかしいだろうが
それを馬鹿にされると先生を馬鹿にされたような気になる。
だがこの言葉も覚えている。
「あなたはお話が上手いから、文章も上手く書ける
だけど調子に乗ると、その口でいつか失敗しますよ」と


正にその通りだ、、、それは当たっている、、、予言者だ、、、
人に話すような事では無いのだが、
私の文章への思い入れのお話だ。
人に歴史ありなのだ。
軽々しく人を馬鹿にするものでは無いという事を
改めて思った、、、
これでいいのだ!